ほんとうに大丈夫?不動産投資

このブログは不動産投資を始めようとしている人、もう実際に不動産投資を始めている人向けに開いた不動産情報サイトです。物件情報はあまり載せませんが、不動産の裏話、裏情報などをどんどん掲載していきたいと思っています。 不動産は怖い、不動産は騙される、こういった人たちの心配を払しょくします。 世界で一番お客さまのことを考えている不動産屋と自負している私が全部教えちゃいますよ。

不動産投資はしてみたいけど不安。 不動産って騙されるんでしょって方はまずこのブログでお勉強してください。 失敗しない不動産投資。 定年退職までに年金代わりに不動産投資で資産を積み上げよう^ ^ セミナーは定期的に開催していますが、よくある売るための不動産投資のセミナーはしていません。 まずみなさんに知識を取得していただいて、その中で一緒にビジネストしての不動産投資というものを確立していければと思っています。 末長いお付き合いをお願いしますね。

きっかけ

不動産屋になったきっかけ

私が不動産業界に入ってもう25年になります。
早いもんですね。

四半世紀です。
今日産まれた赤ちゃんでも25年経てば結婚して子供も出産しているかもしれません。
そんな長い年月この仕事に従事していると考えると頑張ってきたのかなと少し感慨深くなります。

今日はなぜ、私がこの仕事を選んだのかというところまで遡ってお話ししますね。
うちの実家はおじいちゃんの代からゴムの加工業をしていました。
自営業です。
私が小さい頃は自宅の下が工場でした。
木造二階建ての借家。
店舗付き住宅ですね。
私が小学校に上がるくらいまでは自宅にお風呂もなく銭湯通いしていました。
そんな生活が普通だったのですが、小学校に上がり友達ができると友達の自宅に遊びに行くこともしょっちゅうで、そんな友達の家は立派な家で、工場から出る削りカスにまみれた家ではありませんでした。
そりゃそうですよね。
友達のお父さんは工場を経営しているわけでもなくサラリーマンですし、その当時はお母さんはほとんど専業主婦です。
家もきれいし、おやつまで出してくれる。
まだ小さな子供でしたから世間のことなど何も分からず、ただただ羨ましいだけでした。
ある日学校で父親参観があって、珍しく父親が来てくれたのですが、作業服のまま参観に来ました。
他のお父さんはと言えばスーツ姿か私服姿です。
そんな父親を見て私が言った言葉は
『作業服で来んといて。恥ずかしいから。』
今考えると何て言葉を言ってしまったのでしょ。
父親にとってその仕事は家族を養う大切な仕事であって、一生懸命誇りを持ってやっていた仕事です。
その仕事の合間にバカな息子の授業参観に参加してくれたのに・・・

そこから何年か経ちまた授業参観の機会がやってきました。
次に父親が来てくれた時はスーツ姿でした。
ただそのスーツが黒のストライプのスーツで先の尖った革靴を履いて・・
またそこでバカな息子は
『ヤ◯ザみたいな格好で来て恥ずかしい。もう来んといて。』
前回のことがあるので父親は頑張ってくれたんでしょう。
ただその当時の人からすると、身長も180cmあってガタイもよかった父親がそんな格好をするともうそちらの本職の人にしか見えませんでしたから・・・

内気で自分に自信が持てなかった少年は何かと他人のせいにするダメな少年でした。
古い借家の家と家業が劣等感でした。
なので家業を継ぐつもりは一切なく、大人になったらスーツを着る仕事をしようと決めていました。
スーツ姿のお父さんが格好良く見えていたのですよね。
家業を継ぐのが嫌で何となく高校に進学し、そこでも家業を継ぐのが嫌で大学に進みました。
勉強ができた方でもなく、ただ就職が嫌だったから進んだ大学です。
今から考えるとクソ息子です。
何の意義も意思もなく通っていた大学生活、そこで学んだことなど1ミリもありません。
そんな息子の学費を、一生懸命家業を頑張って通わせてくれた両親に今さらながら感謝します。
自分が父親になり逆の立場にならないと気づけなかったバカ息子に大学生活の終わりが近づきます。
就活です。
就職と言っても、スーツ姿の仕事しかイメージがないのでどんな会社に就職すればいいのかも分かりません。
会社案内をいろいろ取り寄せますが全くイメージが湧きません。
見るのは給料がいくらなの?
本社、勤務地はどこなの?
どんな仕事をするの?
このくらいしか見ていませんでした。
大学の時の友人は金融機関に応募を出したり、アパレルメーカーに応募を出したり、自分のイメージする就職像に沿った就活を始めます。
『うちの会社の志望動機は?』
こんな質問に対して明確な回答すら出せません。
『大学も卒業するので働かなくてはいけないでしょ?』
これが本音であり、これがその時の私の全てでした。
今で言うエントリーシートに記入する言葉にも窮する状態でしたから・・・
そんな状態でも世の中は就職天国、友人も2つ、3つ内定をもらって来ます。
私はまず志望動機を見つけるところからです。
そこで閃いたのが家に対する劣等感でした。
これ使える!
『うちの会社の志望動機は?』
『はい。私は小さい頃から生まれ育った自宅が古くてボロくて。それがとても恥ずかしくて常に劣等感を抱いていました。大人になったら、頑張って働いて立派な家を建てよう。25歳までに自分の家を建てたい。そう思っていました。これからの自分がどうしていくのが一番いいのかと考えた時に、自分が欲しい家を建てている(売っている)会社に入社するのがいいんじゃないかと考え、御社に応募しました。』
スラスラと言葉が出てきました。
この調子で面接に挑み数社の内定をいただきました。
で、選んだのが最初に就職した不動産会社です。
その会社は業歴もまだ浅く、若い社員が多い会社でした。
従業員数も30名ほどの就活で探すには小さな部類の会社でした。
神戸に生まれ育った私に縁もゆかりもない門真市の会社でした。
決め手は私が二次面接に行った時にたまたま面接官がいなく社長直々に面接してくれたこと。
そしてその社長が言ってくれた一言です。
『君は笑顔がとっても素敵だ。お客様にとってもその笑顔はとても感じがいい。それだけで十分自信を持っていい。だからうちに来なさい。』
社長と呼ばれる人とほとんど接点のなかった私はその言葉に感動し、すぐに
『はい。お世話になります。』
と即答し、その会社にお世話になることを決めました。
それが不動産業界の始まりです。
動機、きっかけはつまらないものでしたが、そんな世界にもう25年、どっぷりと浸かっています。
途中からこの業界で成功するまで絶対に不動産屋はやめないと誓って、こんなに長くなりました。
いつ成功するのでしょ?(笑)

ところで、25歳で家を建てるという話どうなったか気になります?
25歳では無理でしたが30歳の時に家を購入しました。
その家は離婚した時に手放しましたが・・

その時の私って今のような知識も経験もなく不動産で儲けるどころか大損をこいて手放しました。
でもその後また、今度はマンションを購入して今また売却しようとしています。
今度は知識も経験もしっかり積んだ後なのでしっかりと前の分も取り返したいと思っていますが。(笑)
実は、その売却で浮いたお金で次は3回目のマイホームを目論んでいます。
家は3軒目でようやく納得いく家が建てれると言います。
次でマイホームは3軒目なので、今度が集大成です。
店舗付き住宅にし、自宅に居ながら仕事をできる環境を整えようと思っています。
またうまくその話が進みそうになれば逐一報告しますね。

よく天職とか言いますが、私にとって今やっとこの仕事が天職なんだなと実感できています。
まだまだ勉強することもたくさんありますが、誰が見ても成功したと言わせるまでやめれませんから。

そこでふと。
何が成功なんだろ?
会社を大きくすること?
お金をたくさん持っていること?
名誉?
んー。
基準がないので多分いつまでもこの仕事を続けてるのでしょうね。
上には上がいますし。

やっぱりそれなりでいいです。
美味しいものを食べたい時に食べれて、住むところに困らず、愛する家族と一緒にいれれば。
それならば今できているので、後は継続させていくことですよね。

あと20年こんな暮らしができれば安らかに永眠できるので、それまではみなさん仕事を発注してくださいね。(笑)

それではあと20年、よろしくお願いします。


うちの息子に教えようと仕事の法則十ヵ条を作ってみたら・・

今うちの会社には息子が働いています。

息子を自分の会社に入れるなんてどうなの?

もちろんそういう声も聞きますし、私自身もそういった考え方でした。

ただ以前の会社なら他の社員もいましたので、その手前もあり一緒に働くことは拒絶していましたが、今は私一人でやっている会社です。

なので、仕事の教育と人生の教育を兼ねて一緒に働いています。

もう1年以上なるのですが、思うように成果もあげれず悩んでいるようなので、今さらながら仕事についての10ヵ条を作ってみようと思い作成しました。

これは私自身が仕事をしていく中で心掛けていたこと。

また、そうあるべきと思って行動していたことの全てです。

1.時間遵守

約束・待ち合わせ時刻に遅れるな!

予定時刻の10分前には必着すること。

2.仕事を後回しにしない

仕事は後回しにしても必ずしなくてはいけない。

それならばすぐにやった方がお客さまに対しても、上司に対しても心象がいい。

3.翌日に仕事を持ち越さない

その日与えられた仕事は極力その日にこなし、翌日に持ち越さない。

どうしても翌日以降でしか処理できない案件の場合は、翌日にその仕事を最優先して行動すること。

4.先入観を持って判断しない

物事は見る角度によって大きく異なるものであり、自分の先入観は邪魔でしかない。

客観的に物事を見ることが自分に求められるものであり、お客さまが望むものである。

5.自分にとっては日常のことでもお客さまにとっては一生のこと

不動産というものは、お客さまにとっては一生に一回の買い物になるかもしれない買い物であり、例え賃貸物件であっても人生を左右する引越しになるかもしれない。

自分にとっては日常の仕事でも、その時その時一生懸命向き合わないといけない仕事ということを認識すること。

6.プロであるという意識を常に持つこと

不動産業に携わるからには、少なからずお客さまの人生に影響を与えてしまう。

そのことを認識したうえで行動するためにはプロであることが必要である。

そのためには日々研鑽し知識を積み重ねていくこと。お客様はプロの意見を求めるために来店していることを忘れない。

7.お客様対応は準備が全て

お客さまと対面したときが営業スタートではなく、お会いする前の時間こそが一番重要である。事前準備にこそ時間を割け。

8.結果に一喜一憂しない

良い結果が出たときでも一喜一憂するのではなく、なぜうまくいったか考察すること。

悪い結果が出たときに反省するのではなく、良い結果が出たときに反省できるものだけが自分のスタイルを確立できると思え。

9.積み重ねてきたことだけが結果として返ってくる

日々の積み重ねてきたことで結果が出たときにこそ喜べ。

たまたま出た好結果はただのフラッグだと思え。

良いことも悪いことも日々の積み重ねの結果であり、努力は結果を裏切らない。

10.有言実行が美徳だと思え

不言実行は達成できなくでも誰にも非難されない。

有言実行はできて当たり前、できなければ非難を受ける。

でも、それを乗り越えないと自分の限界を超えれないと知れ。

11.常に目的意識、目標設定を忘れない

目的、目標は常に設定しておくこと。

まず目的に向けて目標を設定し、その目標に向けて自分の行動を設定する。

行動を設定したあとは、自分が立てた目標に近づくためにさらに詳細な目標を設定する。

週単位、日単位の目標を設定し行動していくこと。

12.悩んで考え抜いていいのは1時間

1時間悩んで考え抜いて答えが見つからないものは1日考えても1ヶ月考えても結論は出ない。

それならばその考え抜いた時間さえ無駄に終わる。

考えて結論を見いだせないものは無理に追いかけない。切り替えて他の行動に移るべき。

13.トラブル対応最優先

何よりも優先してしなくてはいけないことがクレーム対応であり、トラブル対応である。

トラブルは時間が経過すればするほど重大なトラブルへと発展する。トラブル早期解決が最優先事項である。

14.考えるより即行動

考えてから行動すると他人に一歩遅れを取る。

行動しながら考える癖を身に付けろ。

行動する前に考えるのは知恵を持ってからで遅くない。知恵を持たざる者はまず行動することこそが美徳である。


えーっと、10ヵ条のはずがあっという間に14ヵ条になってしまいました。(笑)

細かいことまで加えると20じゃ利かないと思います。

若い時、20台の時に心掛けていたことを思い出しながら書いてみました。

若いうちって自分がどう行動していくべきか、またどうものごとを考えていくか悩みます。

『どうしておれだけ?』

こう思いがちです。

他人を羨む気持ち、妬む気持ちになりがちです。

でも、ふとあるとき気が付くことがあるのです。

自分を客観的に見たときに、自分は頑張っていたのかと。

自分主観で見ている時には決して気が付きませんが、第三者の目で上から見てみると

『あいつの方が頑張っているや。』

こう気づいてしまうのです。

でもその時こそが自分が本当に変われるきっかけです。

そのきっかけが10台で訪れる人もいれば、30になっても40になっても訪れない人もいます。

私の場合、人より時間はかかりましたが気づくことができました。

いつの間にか今度は自分が人に気付かせる立場になっています。

このブログをご覧の皆様はもうとっくに気付いている人たちなのですが、偶然このブログに訪れこの記事をご覧のまだ気づいていない人がいれば、きっかけづくりの一つとしてご利用ください。

起業家として事業を起こすことは難しいことではありません。

また不動産投資で資産を増やしていくことも決して難しいものではありません。

こんな私ができていることですから。

あっ。

私の場合、お金を作ることは上手なのですが自分のお金の管理が超下手なのでお金は残っていませんよ。(笑)

お金の使い方誰か教えてください・・・

代わりにお金の稼ぎ方教えますから。(笑)

私が不動産業に入ったころ、できる男は

いい車に乗って、いいところに住んで、いい女連れて(これは少し語弊がありますね・・・)、そんなバブリーな先輩たちがたくさんいました。

お酒の飲み方も豪快で、一晩で何十万も使うような人たちがたくさんいました。

でも今ってそこまで儲かりませんからね。

儲かっている人はきっと悪いことをしている人たちです。(笑)

そこまで儲からなくても、普通に年に数回旅行に行けて、車を定期的に乗り替えれて、満足いく住まいに住めていれば十分ですよね。

ここを節約してしまうと仕事の原動力を失いそうなので、お金が一向に貯まりません・・・

でも自分がよくて、家族が満足していればいいですよね。

私の場合、あと家族を納得させるだけです。

じゃあ全然ダメじゃん。

そういう声が聞こえてきそうなので、今日はこの辺で。


さあ、また家族のためにがむしゃらに働きましょう。


それではまた。




ピンチとチャンスは紙一重

よくピンチとチャンスは紙一重といいますが最近まさにその通りかなと思っています。
例えば会社を辞めたという話があったとします。
その状況下ですぐに再就職しなければいけないというのが普通の方の状態ではないでしょうか。
家庭があって、家族を養わなければいけない。
住宅ローンの支払いがあるからすぐにお金を稼がないといけない。
これは普通の状況ではないでしょうか?
もちろん自己都合で上司とそりが合わないからと言って辞めてしまえば論外です。
でも、会社都合で辞めて欲しいということになればすぐに失業保険も貰えますし、今の住宅ローンには失業すればその間の支払いを代わりにしてもらえる商品もあります。
なので実際にはすぐに再就職しなくても何とかなるものなのですが、こういった制度があることをご存知ない方もいますし、こういった制度をフル活用している方もそんなに多くないかもしれません。
でももし知っていたらどんな選択肢を持てるのでしょうか?
例えば、この失業保険を給付してもらっている間に職業訓練を受けて何かの資格を取得したり、英会話や語学を習得する時間も十分に取れるかもしれません。
その間に身につけたことが今後の人生に大きく役立つかもしれません。
でも、就職していた状態ならどうでしょうか?
同僚と飲みに行く時間や、家族と向き合えるせっかくの時間を犠牲にしないことにはそんな機会を持つことさえできません。
なので、ピンチの状況こそ自分を変える最大のチャンスだと思います。
自分の話に置き換えると、一年前今の会社を立ち上げたとき何を柱にするか迷っていました。
売買を中心に行くのか、それとも管理業などをメインにしていくのか、競売や収益物件を中心にしていくのか模索しました。
その中で今流行りの民泊の話に出会い、多くの不動産投資家の方たちと出会い、今ではその当時考えていた全ての業務に関わりながら仕事が出来ています。
一年前に考えられなかった人々との出会いや、事業を始める前には想像出来なかったことにいろいろ関わらせていただけています。

まさに0から再スタートを切って、今はようやく形になりつつあります。
これも全てをフラットにしたところからスタートを切れたからです。
0から物事を作るのは難しいという方ももちろん多いと思いますが、0から作るからこそ自分で想像出来ない形に進化することもあるのです。
確かに0を1にする作業というのは苦労します。
形になるまでは時間もかかります。
ただ1を2にするのは難しい作業ではないですし、そうなれば自然に周りに人が集まってくるようになります。
ピンチの時こそ人は死に物狂いで考え、がむしゃらに立ち向かえます。
平々凡々とした日々を過ごしているとアンテナが狭くなりますし、チャンスを逃してしまうことも多くなりますが、逆境に追い込まれると幅広くアンテナを張り巡らすことも出来ますし、他人の話に素直に耳を傾けることが出来ます。
ただそういった時にヒントになる話をしてくれる人も、さらなる逆境に突き落としに来る人も集まってきますので注意は必要です。
出来る限り多くの人と接点を持ち、一人の話に耳を傾けすぎないようにすることも必要かもしれません。
多くの方からお話を伺っていると、当然プラスになるお話も、マイナスになるお話も出てきます。
私がその時に判断材料にしていたことはたった一つだけです。
ネガティブな話ばかりする方とは距離を置きました。
ポジティブで未来のこと、将来の夢のことを話してくださる方と出来る限り接点を持ちました。
そうすることにより、自分もポジティブな考え方が出来、自分からもポジティブな話を発信できるようになっていきます。
不思議なもので自分からポジティブを発信していると、周りに同じようなポジティブな考え方をする方が自然に集まってきます。
そうなると話をしていてもどんどん楽しくなりますし、自分に対して自分の限界を感じなくなってきます。
もっともっと成長出来るのではないか?
もっともっと新しいことにチャレンジ出来るのではないかと、そういう気持ちになっていきます。
ピンチの時に愚痴を言ってしまうと、その瞬間の自分を超えることはもう出来なくなります。
ピンチの時に他人のせいにしてしまうと、そこから成長は出来なくなります。
逆にピンチの時にこそチャレンジ精神を持ち、過去の自分を超えるいいきっかけだと割り切ることが出来れば未来は拓けてきますし、困難に立ち向かうことが出来ます。

話は変わりますが、うちの娘が1歳9ヶ月になりました。
どこにいっても落ち着きがなく走り回ります。
家の中でも一日中走り回っています。
ネットで調べると多動症かも。
症状も思い当たる節がたくさんあります。
思い起こせばお腹の中にいてるときから成長がとても遅く、通っていた産婦人科で産むことが出来ず総合病院で産まれました。
産まれた瞬間も未熟児ではありませんでしたが、例えればクラスで一番小さい子ではなく、学年で一番小さい子どもですと言われとても心配をしていました。
でも、そんな子が標準よりも早く寝返りを打ち、ハイハイをし、立ち上がるようになり、今では走り回っています。
コトバもたくさんしゃべるようになりました。
パパ、ママは当然の事ながらママの口癖を真似ていろんなコトバをしゃべります。
自分では心配はしていなかったのですが、普通の同じくらいの子どもと違うなということが多いのです。
同じくらいの歳の子どもと遊んでいても、端から見ているとどうも上から見ているというか、隣の子どもの頭を撫でてよしよしとしていたり、3歳、4歳児の仲間にシレーっと入り込んで遊んでいたりします。
発達障害というコトバを調べるといろんな情報が出てきます。
自分自身の小さい時を思い起こしても、思い当たる節がちょくちょくあったりします。
ネガティブに考えると病気なのかもしれませんし、私自身の遺伝なのかもしれません。
でもこれも障害と天才は紙一重という記事を読みました。
人と違うことをしていると、異端児と呼ばれたり、おかしい奴扱いをされてしまいます。
でも今の社会を作ってきたのも、住みよい社会に作り変えてきたのも、その異端児やおかしい奴だったはずなのです。
アインシュタインも、エジソンも、そして長嶋茂雄さんも発達障害ではないかと言われています。
うちの子も確かに他人とは違うところがあるのですが、かわいくて仕方がありません。
行動の一つ一つが愛くるしく、愛おしくてたまりません。
他人と違うと言われることが褒め言葉にしか思わない自分の元に産まれてきてくれた天使だと思っています。
先日もうちの奥さんとこの事を話していましたが、うちに産まれるべくして産まれてきて、二人にとっても娘にとっても良かったねと話をしました。

成功と失敗も紙一重です。
何事もどう受け止めるかで結果など変わるものです。
自分が正しいと思える生き方。
自分自身が後悔しない生き方。
そして自分について来てくれた人に対して、後悔させない生き方をしていくべきなのかなと思います。

考え方一つで人生を180度変えることは出来ますので、是非皆さんも諦めずに頑張ってみてください。
頑張った人の元には必ず幸せが待っています。
幸福の女神は努力する人が大好きですから。

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